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子供ではあるけれど一人の人間として…

数日前のあるツイートが話題になりました。

電車の中で子どもが大騒ぎ。

 お母さんは必死に「シーッ!静かにして!」って

 言ってるのに、子どもは楽しくなっちゃって止まらない。

 車内には、静かにしろよ、という険悪な空気。

 それが分かるだけにお母さんは肩身が狭そうに、

 必死に子どもを静かにさせようとするのだけど、

 子どもは聞いちゃいない。

 そこで私が近づき、子どもに直接

「楽しいところ、ごめんな。

 実はな、電車の中には、

 疲れてるおじさんがたくさんおってな。

 ちょっと眠りたいんで、

 少し静かにしてくれると助かる。悪いな」

と頼みにいくと、ビックリした顔で、でも頷いてくれる。

 以後、ピタッと静かになる。

この方は、

「子どもが公共のところで騒ぐのは、

親がしつけていないのではない。

赤の他人である私たち大人が、『背景』になりきって、

子どもと関わろうとしないからだ。

つまり、責任は、親ではない。

親にすべてを押しつけている私たちに多分に責任がある。」

とおっしゃっています。

私はこうやって子供に話して下さる大人が

いらっしゃるんだな〜って嬉しくなりました。

そしてこのツイートが話題になる日本。

まだまだ捨てたもんじゃないですね。

お母さんをはじめ、大人たちは

子供は話してもわからないと思っている。

だから「〜しなさい」「やめなさい」と叱る。

そして大人たちは動かない。

でも、子供ってちゃんと話せばわかるんですよ。

もちろんそうでない時もありますが、

子供ではあるけれども一人の人間として接して話す。

すると、何かしらそれなりのリアクションを

してくれます。

子供たちを一人の人間として接すると、

実はお母さんもラクになるんですよ♪

その辺りはまた後日お話ししますね^_^

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